大阪地方裁判所 平成3年(ヨ)4135号 決定 1992年6月01日
債権者
高垣忠
右代理人弁護士
三野久光
小野健二
債務者
株式会社栄大
右代表者代表取締役
遠山一郎
右代理人弁護士
岡本宏
田中義則
主文
一 本件申立てをいずれも却下する。
二 申立費用は債権者の負担とする。
理由
第一事案の概要
一 申立ての趣旨
1 債権者が債務者に対し雇用契約(労働契約)上の地位にあることを仮に認める。
2 債務者は、債権者に対し、平成三年一一月一日から本案の第一審判決確定に至るまで、毎月末日限り一か月二三万六〇〇〇円の割合による金員を仮に支払え。
3 申立費用は債務者の負担とする。
二 債権者の主張の要旨
1 債務者は、靴の修理、合鍵の作成等を業務とする会社であり、債権者は平成元年一〇月二四日雇用され、阿倍野店に勤務していた。
2 債権者は、平成二年六月一〇日、店の片付けに際し、約三〇〇キログラムのカウンター付き物入が動かなかったため、僅かに持ちあげて動かそうとしたところ、急に腰に激痛を感じ、同月一四日吹田済生会病院に行った。しかし、同月二〇日まで仕事を続け、同日から仕事を休み、七月六日吉栖外科整形外科病院に入院した(平成三年四月三一日退院、一一月末日まで通院)。病名は腰筋挫傷、腰椎椎間板障害(第五腰椎辷り症)であった。右事故は業務災害の認定を受けたが、休業補償の支給は打ち切られ、一二級の後遺症の認定を受けた。
3 債務者は、債権者に対し、平成三年一一月一日付けで、同月末日限り債権者を解雇する旨の意思表示をしたが、右は理由のない解雇であり、解雇権の濫用である。また、解雇通知は、業務災害による休業期間中の同年一〇月三一日にされたものであるから(症状固定日は一一月二日)、労基法一九条に違反する解雇である。
4 債務者は、債権者が解雇を承認したと主張するが、仮にそうであるとしても、右承認は錯誤に基づくもので無効である。
三 債務者の主張
1 解雇の正当理由
債務者の店舗では靴の修理、合鍵の製作を行っているが、従業員の仕事は立ち仕事が多く、債権者のように腰痛の持病がある場合には、勤務に耐えないものであり、従業員として不適性である。
2 解雇の承認
債権者は解雇予告を受けた際、解雇を承認し、その後債務者に、解雇予告手当及び離職票を請求し、かつ異議なく右手当を受領しており、債権者は解雇を承認している。
3 経歴詐称
債権者は、債務者に雇用される際、同業他社の「ミスター・ミニット」、「ハロー・スミス」及び「クイックサービス」での勤務経験を秘匿して入社したもので、懲戒解雇事由に当たるところ、債務者は平成四年一月一六日の本件審尋期日において、債権者を解雇した。
第二当裁判所の判断
一 疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、以下の事実を一応認めることができる。
1 債権者は平成元年一一月一日債務者に雇用され、平成二年から阿倍野店に勤務し、来客の求めに応じ、その場で靴の修理、合鍵の複製等をしていた。
2 債権者は、第一の二の2記載のとおり業務上負傷したとして、大阪中央労働基準監督署に対し、休業補償給付及び障害補償給付の支給を請求し、同署は、平成二年七月六日から平成三年一〇月三一日までの間の休業補償給付として合計三四〇万八〇〇〇円を支給し、平成三年一二月四日付けで後遺障害が障害等級一二級に当たるとして一三八万四六五六円の保険給付及び二〇万円の特別支給を決定した。
3 債務者は、平成三年一〇月三一日(一一月一日付け)、債権者にその腰痛を理由に一一月末日をもって解雇する旨の意思表示をした。債権者はこれに異議を述べず、一一月二日、債務者に書面で予告手当の支給及び離職票の交付を請求した。
4 債権者は右解雇に納得がいかず、債権者代理人らに相談の上、同年一二月三日債務者に対し、右解雇は労基法一九条に違反するもので、債権者の復職を求める旨通知した。
二1 解雇理由について
債権者は自ら腰痛の後遺障害があるとして、障害補償給付の支給を請求し、大阪中央労働基準監督署は障害等級一二級に相当する残存障害があるとしたこと、また、その根拠となった医証には債権者は回復し難い旨の記載があること、債権者代理人らによる前記復職を求める通知には、債権者は治療を要する状態であるが、一人店以外の店なら就労可能である旨の記載があることは疎明資料により認められ、これらの事実に、債務者の職場は、立ったり座ったりと腰に相当な負担のかかる職場であること(疎明資料及び審尋の全趣旨により認める。)を併せ考えると、債権者は債務者の職場に耐えられないといわざるをえず、右解雇を解雇権の濫用とする事情の窺われない本件にあっては、債務者に対する解雇はやむをえないと評することができる。
2 労基法一九条違反の主張について
大阪中央労働基準監督署が平成三年一〇月三一日までの間の休業補償給付を支給していること並びに審尋の全趣旨からして債務者の症状固定時期は平成三年一〇月三一日と推認するのが合理的である(<証拠略>は固定時期を一一月二日とするが、同医師作成の<証拠略>に照らしてにわかに採用できない。)。ところで、労基法一九条は、同条所定の期間中の解雇を禁ずる趣旨であり、解雇予告までも禁ずるものではないから、症状固定日から解雇の効力発生日まで三〇日間を超える本件解雇は同条に違反するものではない。
3 解雇の承認について
念のため検討すると、前判示のところからすれば、債権者は解雇を承認したといえるから、この点からも債権者の主張は理由がない(確かに債権者ら代理人に相談の上債務者に通知をした時期が解雇通知の日に近接したものであるが、錯誤により承認したことを窺わせる資料はない。)。
4 以上の次第であるから、その余の点(経歴詐称)について判断するまでもなく、本件解雇の意思表示は有効であって、債務者と債権者との間の雇用契約は終了している。
三 結論
以上のとおり、債権者の本件申立てはいずれも被保全権利の疎明を欠くものというべきであるからこれを却下することとし、民事保全法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判官 山本和人)